馬鹿話

サブURL(このURLからもアクセスできます):http://akasaka.areablog.jp/michitaka

古事記「淤能碁呂嶋」と隠岐の後島の関係



「淤能碁呂嶋」と隠岐の後島の関係

古事記巻頭で
 「ここに、天(あま)つ神のもろもろの命もちて、伊耶那岐の命・伊耶那美の命の二柱の神に、「このただよえる国を固め成せ」と詔らし、天の沼矛を賜ひて、言衣(コトヨ)さしたまひき。かれ、二柱の神天の浮橋に立たして、その沼矛を指し下ろして画(カ)かせば、塩こをろこをろに画き鳴らして、引き上げたまう時に、その矛の末より垂(シタタ)り落つる塩の累(カサナ)り積もれる、嶋と成りき。これ淤能碁呂嶋(オノゴロシマ)ぞ。」
その嶋に天降りまして、天の御柱を見立て、八尋殿を見立てたまひき。

現在各地で淤能碁呂嶋だとするのは下記の通り
*沼島 淡路南海島
*友が島の沖の島
*絵島 淡路
*十神山 島根県 安来


私の推測では「淤能碁呂嶋」は隠岐の後島ではないかと思っている。
古事記の巻頭を賑やいでいる神々は出雲地方に集中していることで、出雲は砂鉄の蹈鞴製鉄法の歴史が古く、鉄器による武器・武具の製法が優れていることになり、軍事的に優位に展開でき、渡来人の技術を吸収して徒事としては強力な武具ができ、統一国家形成に役立てたとおもわれる。
古事記が編纂されたのは畿内に統一国家が安定したことであり、古事記の内でも大国の主が譲歩したとされている。
伊耶那岐・伊耶那美が天の御柱を立てたとされる物が隠岐の嶋後嶋にローソク嶋があり、この嶋の巨岩が御柱ではと?
また、瀬戸内を淤能碁呂嶋とすると、伊耶那美の黄泉の国は島根県の比婆山では距離的に説明できかねる部分がある。

伊耶那岐・伊耶那美の天地創世
伊耶那美の黄泉の国
大国主の国造り
須佐男と蛇
ウサギとワニ
アマテラスと天岩戸
これらの物語から推測されるのは淤能碁呂嶋は隠岐の後嶋と考える所以である。

終章

古事記を何度か読んで、巻頭の一番重要な部分の所在が現在でも?マークだそうなので、別の角度から「淤能碁呂嶋」を推理することになった、信憑性は勿論疑問であるが、こんな馬鹿な事を考えるのが性分なのでどうしようもない。

          
参考文献
「古事記」 西村一民 校注 新潮社
「漢和辞典」 





goodポイント: 0ポイント

このポストをお気に入りに追加 0人がお気に入り登録中
このポストのURL http://akasaka.areablog.jp/blog/1000056158/p11686105c.html
馬鹿話 | コメント( 0 ) | トラックバック( 0)
名前   削除用パス  
コメント
※入力可能文字数は1000文字です

■同じテーマの最新記事
みっちゃんの「ミカンの皮枕」
みちゃんの枕の話 その2
みっちゃんの枕の話
<<新しい記事へ     以前の記事へ>>
このブログトップページへ
michitakaイメージ
都々逸(どどいつ)は江戸時代の末期に俗曲としてお座敷芸として、三味線を奏でながら唄われてきた。

「都々逸」は、七・七・七・五、調の二十六文字に「男女の恋愛を扱った情歌」として表現することで、いわゆる、艶歌として好まれたものである。

都々逸

馬が前向きゃ 鹿後向いて 行き先迷路 馬鹿政治
前年  2017年 皆勤賞獲得月 翌年
前の年へ 2017年 次の年へ 前の月へ 12月 次の月へ
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31
今日 合計
ビュー 46 265132
コメント 0 63
お気に入り 0 3

QRコード [使い方]

このブログに携帯でアクセス!

>>URLをメールで送信<<

お気に入りリスト

おすすめリンク


外苑東クリニック
東京 人間ドック