古典芸能「都々逸」

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憲法記念日

 5月3日は憲法記念日

毎年やってくる憲法記念日、この日は憲法改正論議が様々な形でおこなわれるだろう。
マスコミ調査では、改正酸性と改正反対が約25〜27%で拮抗しているようだが、残りの40%強がどちらとも言えないようである。
私の私見では、「どちらとも言えない」とあるのは憲法の中味が解らないから判断できないという人が大多数ではないだろうか。
そもそも、学校で憲法を学んだ人は国民の5%ていどではないだろうか、小学校、中学校、高校の教科に憲法が含まれていない、また、大学でも一部の文化系学部に「憲法」という科目があるに過ぎない。
憲法は国民全体のもので、与党は賛成、野党は反対といきまいているが、まず、手続き的には最低でも高校の教科に「憲法」組み込み、教育してから論議をしても遅くはない、教育の期間として10〜15年すれば、国実の理解が得られるのではなかろうか。
次の手続きとしては、憲法は国民がきめる問題だから、まず、憲法改正すべきかどうかを、国民投票をおこない、賛成が過半数であれば、改正論議に進み、改正項目を絞り込み、改正の全体で評価するのではなく、改正項目ひとつひとつに賛否を問う方がよいと考える。


現行憲法の9条、96条を下記に記した。
第二章 戦争の放棄 
第九条  日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。 
前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。 
第九章 改正 
第九十六条  この憲法の改正は、各議院の総議員の三分の二以上の賛成で、国会が、これを発議し、国民に提案してその承認を経なければならない。この承認には、特別の国民投票又は国会の定める選挙の際行はれる投票において、その過半数の賛成を必要とする。 
憲法改正について前項の承認を経たときは、天皇は、国民の名で、この憲法と一体を成すものとして、直ちにこれを

下記に大日本帝国憲法の憲法改正の部分を記す。
旧憲法  大日本帝国憲法
大日本帝国憲法は1889年 2月11日 公布 (明治22年)
        1890年11月29日 施行 (明治23年)
大日本帝国憲法第73条
1946年(昭和21年)10月29日、「修正帝国憲法改正案」を全会一致で可決した枢密院本会議の模様。大日本帝国憲法第73条は、大日本帝国憲法第7章にある。大日本帝国憲法の改正手続につき規定したもの。
第73 条文 
1,将来此ノ憲法ノ条項ヲ改正スルノ必要アルトキハ勅命ヲ以テ議案ヲ帝国議会ノ議ニ付スヘシ
2、.此ノ場合ニ於テ両議院ハ各々其ノ総員三分ノ二以上出席スルニ非サレハ議事ヲ開クコトヲ得ス出席議員三分ノ二以上ノ多数ヲ得ルニ非サレハ改正ノ議決ヲ為スコトヲ得ス
 現代風の表記 [編集]1.将来、この憲法の条項を改正する必要があるときは、勅命をもって、議案を帝国議会の議に付さなければならない。

この場合において、両議院は、各々その総員の三分の二以上が出席しなければ、議事を開くことができない。出席議員の三分の二以上の多数を賛成がなければ、改正の議決をすることができない。
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
憲法9条改正に異論を
明治維新を経て新政府になって公布された大日本帝國憲法第73条も憲法改正は2/3以上の賛成を必要としている。
また、地方自治なども2/3、身近なところではマンション管理組合の規約改正も2/3である。
もし憲法が過半数で改正できるとなれば政治家がどのようなことでもでき、法律改正も簡単に政治家の好き勝手になることである。
終章
憲法はある時期の社会情勢を基に、人間が作ったものであるから絶対に変えてはならないということではないと思う。
ただ
憲法第1条には
天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であって、この地位は、主権の存する日本の国民の総意に基づく。
とある。これを咬み含むと「この国の主権は国民のもの〜〜」ということで、政治家は単なる国民の代表者にすぎない、だから憲法改正は過半数ではなく大多数が賛成する国民の2/3以上でないと憲法を改正できないほうがよい。
しかし、国民は多様な考えを持っており、賛成の人、反対の人、それどれの人の権利である、賛成も反対も憲法の中身を知って権利を主張せねばならないと思う。
そのためには、先に述べたように、高校教育に憲法の概要を履修する時間をとり、大学では2単位の必修科目として、これらの、教育が行き渡るから、再度改憲の議論すればと思う。



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都々逸(どどいつ)は江戸時代の末期に俗曲としてお座敷芸として、三味線を奏でながら唄われてきた。

「都々逸」は、七・七・七・五、調の二十六文字に「男女の恋愛を扱った情歌」として表現することで、いわゆる、艶歌として好まれたものである。

都々逸

馬が前向きゃ 鹿後向いて 行き先迷路 馬鹿政治
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