馬鹿話

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漢字の都々逸「坐禅」

♪ お寺の座禅 するのもいいが 坐りに難あり 膝しびれ 

 

♪ 夕べは夜なべで 眠くてならぬ 坐睡いねむり 舟を漕ぐ

 

挫=ザ=@すわるAざせきBいながらにCなんとなしにD罪に問われるEまもる」

「挫忘」「挫作」「挫臥」「坐致」「坐睡」「坐像」「坐禅」

ずっと立ち姿勢も苦痛だが床や畳に直に坐るのはもっと苦痛である。
古代から我が国には椅子を使う習慣が少なかったから、坐ることが得意のようだが、近年ではほとんどの人が苦手としている。


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坐=<説文>には「止まるなり。土に従い留の略体に従う。会意」と解説している。
この宇の古形を見ると図に示す如くで、其の古文では、ふたりの人が地上に向かいあってひざまづいた姿を示している。朱駿声は「古は地に筵(むしろ)をしきて坐す。
 膝(むしろ)は席につき。その腎下すを坐という、と述べている。



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漢字の都々逸「東西南北」

♪ 東に行けば 幸せあると 夢のお告げが 大当たり

 

♪ 東雲の空 曙染めた 急いで帰ろう 角がでる

 

東の字は「トウ=@ひがしA主人側B東に行くCあずま」

東上、東大寺、東大、東北、東西、東男、東京、東風、東洋、東雲、関東、中東、極東、東都、東経 など

 東という字は東西南北の一番目、夜空に輝く北東七星、東風(こち)、東雲、東宮、東都、東京、東北等方位、方角を

 

連想される語が多い。

我が国を「日出ずる国」と呼称したのは、聖徳太子の時代(574年)は、飛鳥時代の皇族、政治家で、 高句麗の僧慧慈が渡来し、太子の師となり「隋は官制が整った強大な国で仏法を篤く保護している」と太子に伝えた。 ...... 隋書』によれば、遣使の国書は「日出る処の天子、 書を日没する処の天子に致す(「聞海西菩薩天子重興佛法」「日出處天子致書日沒處天子無恙〜〜

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東=<説文>に「動なり、日の木中に在るに従う」と解説しているものだから、一般に、
太陽が木の向こうから登って出るさまを表わすために日と木とを組み合わせた会意文字だ
と説明されている。
さらに扶桑の枝に日が宿るという古い伝説を引いて、この木は扶桑であろうなどという全く根も葉もない説まで飛び出すものもあった。
図に示すものは、東の字の古形であるが、その甲骨文字でも、決してそんな様子は見られない。これは棒を中にさし通して、両端をしばった原始的な「袋」の形であろう。心棒を抜き通した袋だからトウというのである。従って通や同などとも同系の文字であろう。

 

 



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漢字の都々逸「黄金」

♪ くちばし黄色 まだまだおぼこ 大人になって なにをする

 

♪ 黄表紙借りて めくって見れば 浮き世離れの いい女

 

黄の字は「オウ(コウ)=@き(きいろ)AきばむBきいろいCきいろいものD

黄金」

黄砂、黄金、黄昏、黄河、黄門、黄海、黄梅、浅黄、黄八丈

 

黄の字は黄金というように大判、小判だくだくとおめでたい字かもしれない。
また、黄色は艶めかしい話によくでてきて、私は黄色が好きだと言うと助平野郎と言われたことがある。
色の好みは年齢によって変わってくるようで、紅顔の美少年?時代は緑色が好きだった。
印刷技術のなかった江戸時代には黄表紙といってちょいとエッチな双紙が大衆に親しまれていたようで、今でいうエロ本の先駆けであったようだ。

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黄=この字の金文の字形を見ると図に見る如く、AとBとの組み合わせに成る文字である。
B中央のふくらみは何であるか明らかでないが、全体としては、矢つまり火矢の形を描い
たものであろう。
火矢とは矢の先端に動物の頭の脂肪を塗ってこれを放つとギラギラ燃えながら敵陣に飛んでゆく。
闇にひそむ敵を照らし出したる、敵陣に火をつけたりするもので、今日の照明弾の元祖というべきものである。
そのギラギラ黄色く輝く色を黄と称したのである。
黄は光と同系のコトバで、光の宇の原形はひざまずいた人が頭上にいくつもの燃えるものをのせた姿であるが、古文(秦代以前の異体字)の字体は、動物の頭の脂を燃やしている姿である。
従って黄も光も共に脂肪を燃やしてギラギラと光っているさまを表わしているものである。



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漢字の都々逸「弱者」

♪ 髪をなびかせ 弱々しいと 裾の乱れが 弱柳か

 

  弱いはずだよ 弱さを見せて いつも勝のは 恋い女房

 

弱の字は「ジャク=@弱いA弱しB弱るC弱まるD弱める」

 

「弱小」「弱子」「弱主」「弱年」「弱氣」「弱虫」「弱兵」「弱冠」「弱柳」「弱点」「弱視」「弱腰」

 

私の人生を総括すると「弱」があてはまる。

「強」には全く縁遠い日々だった、幼少、少年、青年、社会人としての仕事、まずは「弱」でなかったかと思う。

お陰で人を虐めたり、悪口を叩いたことはなかったと思われる、これからもそうして生きよう。

強者には強者の法則があるように、弱者にも弱者の法則があっていい。

弱者の法則とはなにか?それは欲をださずに平安な日々を送ることにつきると思う、心の安らぎが得られなければ己に対する不徳と考える。

人間の身体には尻尾の痕がある、即ち尾てい骨であるが、人間の祖先は間違いなく動物であったことになる。

DNAにそれを受け継いでいるとすると突然人は動物的に凶暴になったりする、弱者はそのような行動に走らないと確信する。

 

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弱=この文字は、弓を二つ並べた形のようだが、古い形は図Dに示す如くで、必ずしも弓だとは断定できない。

むしろ、なよなよと曲ったものの姿に彡印を添えたように見える。彡という印は、彩や形の字の右側と同じで、いろいろな模様や、かざりを表わす記号である。

そこで弱とは、飾りをっけた、軟らかい何物を表わす会意文字であろう。

この文字が表すコトバはジャクまたはニャクで、それは、女や若と同系のコトバである。

若の甲骨文や金文図Bに示す如く、それは人がひざまずいて、両手をあげ長い頭髪をといている姿で、
これは長髪の女性のしなやかな姿態を描いたものであろう。

又金文右の字形を見ると、これは同図Cに示す桑と同形で、つまりしなやかなクワの枝葉を描いたもので、昔は桑の木のことをまた「若木」ともいった。

 

 



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漢字の都々逸「心斎橋}

♪ お伊勢参りは いいじゃないかと 柏手打てば 斎明だ

 

♪ 浪速の名物 南と北に 仲を取り持つ 心斎橋

 

斎の字は「サイ(セイ)=@ととのえるA同じBおしなべてC正しいDつつしむE限る」

 

斎天、斎心、斎如、斎戒、斎明 など

 

幕末には、「いいじゃないか」「いいじゃないか」と多くの人が御札が降ったと、伊勢参りに押しかけたそうである。

なんのきっかけでそのようなことになったのか?当時は現在のようにデモなど出来なかったため、時代の閉塞感からお伊勢参りにかこつけた権力者の反抗ではなかったかと思う。

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斎=<説文>には「禾麦の穂を吐きて、上の平らなり。象形」とあるがこの字の古形を見ると図に示す如くで、ヒシ型のものが三つ並んださまを表わしている。
カンザシや装身具の類とも見えるし、作物の穂やねぎぼうずが頭をそろえた姿とも見える。
然しその実体が何であるかは第二義的な問題であって多くのものが頭を「そろえた」というところに意義、があるのである。
即ち、きちんと並びそろうことを斉然という。



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都々逸(どどいつ)は江戸時代の末期に俗曲としてお座敷芸として、三味線を奏でながら唄われてきた。

「都々逸」は、七・七・七・五、調の二十六文字に「男女の恋愛を扱った情歌」として表現することで、いわゆる、艶歌として好まれたものである。

都々逸

馬が前向きゃ 鹿後向いて 行き先迷路 馬鹿政治
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