馬鹿話

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漢字の都々逸「赤色」

♪ 惚れたおなごの 声聞くだけで 顔がほてって 赤くなる

♪ 赤いドレスに 赤靴履いて 赤い帽子の 赤づくし

 

赤の字は「セキ(シャク)〜@あかAあかいBあからめるCはだか、むきだしDむなしいEまごころ」

赤心、赤手、赤化、赤本、赤札、赤外線、赤血球、赤字、赤色、赤身、赤門、赤松、赤面、赤軍、赤恥、赤貧、赤飯、赤帽、赤道、赤新聞、赤旗、赤道、赤十字 など

赤はどうしても色を連想する。
華やかな色、人を引きつける色でもある、一杯飲み屋は赤提灯が定番で、青い提灯では飲む気にならず素通りしてしまう。
商店街などでもLED照明が青が多いがこの色では心が沈み買い物気分になれない。
赤は色の三原色のひとつということは、私たちにとってはもっとも大切な色と言える。

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赤=赤とは何の色か。
<説文>には「大に従い火に従う」とある如く、大と火との組み合わせに成る会意文字で、火の大いに燃えている場合を意味するものであろう。
図に示す甲骨や金文の字体から見ても、何か器の中で火が燃えて、その焔が盛んに立ち昇る状態がうかがわれるであろう。



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漢字の都々逸「黄金」

♪ くちばし黄色 まだまだおぼこ 大人になって なにをする

 

♪ 黄表紙借りて めくって見れば 浮き世離れの いい女

 

黄の字は「オウ(コウ)=@き(きいろ)AきばむBきいろいCきいろいものD

黄金」

黄砂、黄金、黄昏、黄河、黄門、黄海、黄梅、浅黄、黄八丈

 

黄の字は黄金というように大判、小判だくだくとおめでたい字かもしれない。
また、黄色は艶めかしい話によくでてきて、私は黄色が好きだと言うと助平野郎と言われたことがある。
色の好みは年齢によって変わってくるようで、紅顔の美少年?時代は緑色が好きだった。
印刷技術のなかった江戸時代には黄表紙といってちょいとエッチな双紙が大衆に親しまれていたようで、今でいうエロ本の先駆けであったようだ。

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黄=この字の金文の字形を見ると図に見る如く、AとBとの組み合わせに成る文字である。
B中央のふくらみは何であるか明らかでないが、全体としては、矢つまり火矢の形を描い
たものであろう。
火矢とは矢の先端に動物の頭の脂肪を塗ってこれを放つとギラギラ燃えながら敵陣に飛んでゆく。
闇にひそむ敵を照らし出したる、敵陣に火をつけたりするもので、今日の照明弾の元祖というべきものである。
そのギラギラ黄色く輝く色を黄と称したのである。
黄は光と同系のコトバで、光の宇の原形はひざまずいた人が頭上にいくつもの燃えるものをのせた姿であるが、古文(秦代以前の異体字)の字体は、動物の頭の脂を燃やしている姿である。
従って黄も光も共に脂肪を燃やしてギラギラと光っているさまを表わしているものである。



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漢字の都々逸「見目」


♪ 見目よいひとを 望んでいたが 掴んだ宝は 鬼瓦

 

♪ 見ると聞くとの 違いがあるが 触って見ると また違う

 

♪ 見られて悪い わたしの心 隠す手だては お足だけ

 

見の字は「ケン=@みるAまみえるBあらわれるCあらわすD考えE身を立てる」

見本、見付、見当、見合、見地、見学、見物、見参、見所、見料、見解、見聞、一見、所見、初見、必見、見舞、引見、予見、外見、会見、形見、初見、後見、発見、政見、了見、偏見、意見、露見

 

都々逸で「鬼瓦を入れて唄ってみたが、我妻は美人である?と書いておかなければ後が大変!
「鬼瓦」にまつわる話にこんな話がある。
「昔、国を離れ、長く京都に滞在していた遠国の大名が、五条の稲葉堂の薬師如来を参詣するのだが、その大屋根の鬼瓦を見て早く還りたいと大泣きするのだ」
「その鬼瓦が国にのこしてきた妻にそっくりだった」

男女の絆も最初なにもなかったはずが、何回となく顔を合わせているうちにお互いに好ましく想うようになったり、夫婦も毎日顔をつきあわせているうちに、鬼瓦が牡丹の花に見えるようになったりする。
TVで見る顔も最初は、なあ〜んだ、と思っていても何度も何度も見ているうちに好ましい顔になってくる。
私流に考えrえるには、善意の気持ちで物事を見れば美しく見え、悪意で見ればそれが美しいものであっても醜くみえたりする。
「見るとは心なり」ということか。

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見=この字は図に見る如く大きな目をした人を描いた象形文字である。
日本訓では一般に「みる」と訓じているが、本来は<礼記・大学>に「視れども見えず」
という文句に示されるように、「みえる」「あらわれる」の意であった。
従って見は出現の現に近い。
まともに直視するのを視といい、見るともなしに(見えるままに)眺めるのを見という。



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漢字の都々逸「多芸」

♪ 多趣味多芸で 幇間気取り 踊る奴見て 腹抱え

 

♪ 滅多やたらに 都々逸読んで 唄ってみたが 節が無い

 

多の字は「タ=@おおいA厚いB増すCほめるDまさるEまさに」
「多士」「多大」「多才」「多少」「多分」「多用」「多弁」「多々」「多忙」「多言」「多芸」「多岐」「多事」「多党」「多能」「多産」「多欲」「多感」「多寡」「多趣味」「幾多」「滅多」「数多」「雑多」

 

本日は多忙なりと言ったときもあった、いまは、本日休業の日が多い。
多産家族で育った性か、食べ物に対する、食い意地は相当なもので、鍋料理では、鍋奉行、特にすき焼きは他の人には任せられないので、鍋と肉を抱え込んでいる。
「多」の字は案外好きな語句がおおい、多の発音する響きがいいからなのか。

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多=<説文>では「多とは重(かさねる)なり。夕を重ねしに従う」と解説している。
つまり昨夕、今夕そして、また、明夕と連なりかさなることを意味するものだということである。
然しこの字が夕(月と同じ形)を重ねたものでないことは、図其の一の甲骨や金文の字形を見れば明瞭であろう。これは肉の象形ではなくて肉の象形なのである。多とは肉の原字を二つ重ねた文字である。
「多の音tarのrが消失すると、中古にtaという語形となるが、大dadのdが三国時代にiとなりdaiという語形となった。
しかし上古のtar多とdadとは近似した語形でおそら-同じ系統に属するることばであろといわれている。


 



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漢字の都々逸「易」

♪ あなたの運勢 占いましょう 易が大吉 身は不凶

 

♪ この恋実れと お百度踏んだ 易占いに 託します

 

易の字は「エキ、イ=@かえる、あらたまる、とりかえる、うつすA易経Bうらない、八卦Cあなどる、ばかにするDおさめるEきちんとととのえる」

 

易占、易伝、易者、易断、易象、不易、平易、安易、容易 など

 

 

易は信じられるのか

 

易は古代中国の人が考えたものである、易はその時代の人々が生活する上で必要なものとして創られ、現在まで数千年を経て引き継がれているようである。

易を論ずる前に、世界三大宗教である、仏教、キリスト教、イスラム教も人が考えたものである。

これらの宗教は、現在でも世界で数十億人の信者者がいるのであるが、なぜ、永遠と続いているのであるか、無神論者の私には不思議であるが、有る程度こういうことかなと理解できるところがある。

私たちの数十万年前の先祖は、哺乳動物から霊長類に、さらに猿人に進化、ホモ・サピエンス→原人/ホモ・エレクトス→旧人/古代型ホモ→新人/ホモ・サピエンス→各種原人→現在人と進化を重ねてきた。

この間遺伝子により優勢の遺伝子が進化すれば、世界三大宗教を考えた超人的な人が存在しても可笑しくはない、そういゆう論理でいえば、易もあり得ることである。

 

後漢の頃の中国は三国が覇を競い合った時代であるが、赤壁の戦いで孔明が山上で七星壇を組み東南の風を祈る有名な場面がある。

これは星座の動きにより風の吹く日を易したことなのであろう、古代の人々は易を信じていたのであり、我が国でも平安時代には陰陽師がいて吉凶を占っていたある。

 

『易経』(えききょう)は、古代中国の占筮(細い竹を使用する占い)の書である。符号を用いて状態の変遷、変化の予測を体系化した古典。中心思想は、陰陽二つの元素の対立と統合により、森羅万象の変化法則を説く。著者は伏羲とされている。

 

中国では『黄帝内經』・『山海經』と合わせて「上古三大奇書」とも呼ぶ。

 



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都々逸(どどいつ)は江戸時代の末期に俗曲としてお座敷芸として、三味線を奏でながら唄われてきた。

「都々逸」は、七・七・七・五、調の二十六文字に「男女の恋愛を扱った情歌」として表現することで、いわゆる、艶歌として好まれたものである。

都々逸

馬が前向きゃ 鹿後向いて 行き先迷路 馬鹿政治
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