馬鹿話

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漢字の都々逸「掘削」

♪ 掘り出し物を 探しに歩き 犬も歩けば その心境

 

♪ 試掘をしても 石油がでない 代わりに温泉 あちこちに

 

 

掘の時は「クツ=@ほるA穴をあけるBほりさげる」

 

掘井、掘出物、掘立小屋、掘抜井戸、掘割、掘開、掘削、掘作、発掘、採掘、試掘、露天掘 など

 

掘 扌が形を表し、屈が音を示す形声文字。

屈には、ひっこむとか、へっこむとかの意味がある。

 

 

 

 



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漢字の都々逸「青息吐息」

♪ 青息吐息は あなたのせいよ 惚れた弱みで 胸ふさぐ

 

♪ そぼ降る雨に 濡れ行く人の 青柳陰で 誰を待つ

 

青の字は「セイ(ショウ)=@あおAあおいBろくしょCかわせみD青竹の皮E樹木の茂るさま」

青二才、青山、青天、青田、青虫、青果、青春、青侍、青松、青物、青息吐息、青眼、青雲、青銅、群青、丹青 など

 青の字で思い起こすのは、若い頃「嘴が黄色い」「まだ青臭いガキ」など、未熟者のレッテルとして大人にあしらわれたことがある。
いまは逆の立場に立っているが、若者にそんな言葉を投げかける己がいない、時代とともに人間模様が変わるのはいいことなのか?おかしなことなのか?答えはまだない。
子供であれ、若者であれ、壮年、老年であれ、基本的な人格が同等に有しているのは普通であるが、政治の行方によっては、方向が変わった世界が出現する。
世界のあちらこちでドンパチとやっているのは、他人の人格を己の人格にしてしまいたい心根がかもしだしているかも知れない。

 ***********************
青=<説文>には「東方の色なり。生と丹の合意。木は火を生じ、生は丹に従う。
丹青之信とは必然に言う」と解説している。
丹とは丹石又は丹砂などのことで、これは赤い色であるから青色とは関係がない。
又図に示す青の字の金文を見ても、丼が丹であるとは断定も出来ない。そこで「丼の部分は丼(いど)の字の変形したもので丹ではない。
青とはくさの芽ばえと井との組み合わせの形声文宇井を音符とする文字ではある
と述べている。
井戸の中に溜った清水の色を指したコトバで、その緑がかった青い色は草の葉の色ともよ
く似ている。そこで草が土上に芽ばえた姿と丼とを組み合わせたもので、清の原字であろ
うといわれている。



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漢字の都々逸「教育」

♪ 教えなさんせ 色恋さたを おぼこ娘が 紅い顔

♪ 教えたりない アヒルが泳ぐ 三匹泳げば また留年

教の字は「キョウ=@おしえるAおそわるB学問C宗教」

教主、教本、教示、協会、教材、教学、教官、教育、教祖、教材、教師、教訓、教官、教具、教祖、教師、教訓、教習、教務、教授、教養、教壇、教職、文教、仏教、殉教、邪教、説教、儒教 など

教の字は私には畏れ多い文字になる。
ずいぶん歳を食ったが、教えることよりも、教えられることの方は圧倒的に多い、学校の頃はおそらく真剣に勉強したことがなく、成長するにつけて教鞭の先生の話がお経に聞こえてよく居眠りをしたものだ。
教という字に真剣に取り組んだのは、社会人になってからで、庇護を受けることのない若者が生きていくためには必死になって物事を覚えなければ生きていけない時代だった。
最初の内は”聴き魔”で先輩諸氏に嫌われるぐらい聴き回った。
そのうちに、聴くだけでは飽きたらず書物を読むようになり、いろいろな事柄を知ることが楽しみになっている。
都々逸の「アヒルが泳ぐ」は成績表の2のことで2では単位が取れないので留年となる。
**************************

教=これはどういう行動をいうものであろうか。
<説文>には「.上の施す所は下の效(なろ)う所なり」と解説している。
教という字は図に示す如くA・B・Cの三つの部分から成っていている。
Aの印あ交叉することを示した指事文字であり、Bは子の字でつまり子供のことである。
Cつまり右側の印は動作を表わす所謂動詞記号である。皿の上にx型に交叉させて並べたたごちそうを肴といい、さまざまのものか交叉しているのを混殺するという。
そこで教とは、甲と乙との問に交流の生ずることを本義とするもので、おしえる側からいえば教であり受ける側からいえば效(なろう、まねる)である。従って教育の教と、倣枚(みならう)の效とは同じ動作の両面にすぎない。




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漢字の都々逸「初夏」

♪ 暑い暑いと 言葉にすれば 冷気呼び込む 物価高

 

♪ 気温あがれば 物価もあがる 喜ぶ人は ただ独り

 

♪ 暑いときほど 熱したものを 食えば食うほど 元気でる

 

暑の字は「ショ=@あついAあつい季節B夏」

「暑中」「暑気」「暑毒」「初夏」「暑假」「暑熱」「大暑」「炎暑」「残暑」「酷暑」「熱暑」

このところ円安の煽りで物価高、庶民は商品の値上がりをもろに受け青息吐息。
また、国民にとって最重要課題を政府は、またまた、第三者機関有識者に預けているようで、これでは政治家は不要ではないか?
せめて政治家自身で責任を持って決断して欲しい、会議が踊るというがまさに会議が踊るお膳立てしている。

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暑=日本訓では「アツイ」というているが、この字はどういう状態を意味するものであろうか。
<説文>では「暑とは熱なり。日に従い者の声」と解説し、<釈名>では「暑とは煮なり。日に従い者の声」と解説している。
者という字は、後世には「これ」だの「もの」だのという助詞に使われているが、本来は図に示す如くその上部は木を燃やすさまを示し、下部は日印ではなくてコンロの形を描いたものである。
つまり煮沸の煮の原字が者であると考えてよい。暑もまた之と同系のコトバで、人の手で火をもやすのを煮といい、太陽が火をもやしたように熱するのを暑というわけで、どちらも熱気を集中する意味である。
そういうところから「アツイ」という意味が派生したわけである。


 



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漢字の都々逸「夏日」


♪ 暑い夏だよ 今年の夏は 鄙びてしまう 花も身も

 

♪ 蚊帳を吊り下げ 窓開け放されて そよと涼風 懐かしい

 

夏の字は「カ(ゲ)=@なつA中国B中国の古代の禹Cあや(五色)Dげ(夏の九十日間)」

 

「夏口」「夏日」「夏至」「夏期」「立夏」「仲夏」「初夏」「常夏」「盛夏」

 

外出すると、乗り物の電車、バスは冷蔵庫のように冷えており、その後、店に行くとここも寒い位に冷やしていまっている。これでは身体がアイスになってしまい、体温調整に悲鳴をあげてしまう。
私の夏バテ防止法
*冷たいものはなるだけ摂取しない。
*下半身浴で下肢を温める。(43℃ぐらいの熱めの湯で臍下までの入浴)
*食事には温かいスープ状のものを一品
*外出着には羽織るものを持参。(電車、バスは要注意)
昨年、夏東京も38℃の猛暑になった、アスファルト道路の上で実測したら、45℃にもなっていた。

************************
夏=この字の音はカで、日本訓はナツであるが、ナツとはいったいどういうことを意味するのであるか。
この文字について一応検討してみることにしよう。
夏の字の原字を見ると図に示す如く、大きな目と、マツゲを持ち、体にヨロイ  をまとった不思議な姿である。
同図にしめす金文の字形では、大きな頁(あたま)を持った人が、さまざまな物を持って動いているさまであり、仮面をかぶった巫女の姿にもにている。
仮面をかぶせることを仮というが、この仮の一部が夏の金文の字形の中にも含まれている。
屋根をかぶせた大きな建物を廈(か)といい、屋根をかぶせた家を一般に家(カ)という。そこで夏、廈、家、仮などはすべて「かぶせる」という基本義を含む同系のコトバなのである。
何かをかぶると其の姿は大きくなる。ナツになると草や木はいっぱいに葉をかぶって、ひとまわり大きくなる。地上は草木に覆われて格段に盛大となった感じがする。
ナツを夏というようになったのはそのためである。

中国の学芸年表によると
夏の国は紀元前2850年頃で帝王は禹である。この時代ピラミッドが建設され、インダス文明が始まった。その頃の我が国は旧石器時代で人口も数万人ではなかっただろうか。



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都々逸(どどいつ)は江戸時代の末期に俗曲としてお座敷芸として、三味線を奏でながら唄われてきた。

「都々逸」は、七・七・七・五、調の二十六文字に「男女の恋愛を扱った情歌」として表現することで、いわゆる、艶歌として好まれたものである。

都々逸

馬が前向きゃ 鹿後向いて 行き先迷路 馬鹿政治
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