古典芸能「都々逸」

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漢字の都々逸「陰陽」

♪ 陰気がこもれば 心が晴れぬ 笑えば邪陰が 逃げていく

♪ 山陽・山陰 なぜなぜ決めた 語呂で損する 人もいる

陰の字は「イン=@かげAくもりBかげるC山の北D川の南E陽の反対」

陰火、陰気、陰言、陰画、陰性、陰惨、陰険、陰陽、陰陽師、陰極、陰電子、
陰暦、隠匿、陰茎、陰謀、山陰、木陰、日陰、光陰 など

古代中華の国で陰陽論は陰陽五行説として親しまれ日本にも古くから伝わっている。
この説は全ての現象を陰と陽の二極化して物事にあてはめる、例えば次のようなものがあげられる。
陰と陽との関係
陰と陽との関係は、「陰があれば陽がある」或は「陰あり、また陽あり」というだけではない。互いに原因となり、結果となるという特別な関係がある。これを倫理から見れば、同時因果というのである。

陽−陰の関係
男−−女  日−−月  天−−地              (物体)
盛−−衰  栄−−枯                    (状態)
強−−弱  優−−劣   賢−−愚  善−−悪        (性質) 
君−−臣  兄−−弟    夫−−婦    内−−外  上−−下  (関係)

陰と陽とは、互いに予想し、しかも第三者(陰でもなく、陽でもないもの)の存在を許さないのである。陰といえば、陽を予想し、陽といえば陰を予想し、両者は互いに原因となり、又互いに結果となるのであって、陰のみ存在しないと同時にまた陽のみ存在するということもない。このように陰と陽との間には、第三考があるわけでもなく、また陰と陽との外に他の何等かの原因があるわけでもない。陽そのものが陰の原因となり、また陰そのものが陽の原因となり、此の如くして宇宙一切の活動が行われているとするのが易の思想である。

**************************
陰=<説文>には「陰とは闇(くらいなり)。山の北水の南なり。阜に従いに従う会意又今の声」と解説している。
 図は其の古形を示すものである。は「云」(くも)十音符今」の組み合わせに成り、立ちこめた水気か去りやらず中にこもってうっとうしいことを表わすものである。それに丘を示す「阜へん」をつけたのが同図Bに示す陰である。又音符である今という字は日本訓では「いま」と訳し現在を表わす時の名詞として用いられているが、その原形を見ると図に示す如く、上部はものにかぶせる「ふだ」の形であり、その下に一印を添えて何物かを封じこめる吉主を示したものである。
 従って今を九日符とするコトバは概して中に含みこむ意を備えている。含・吟・唸(う なる)・念(心で思う)。
 又云という字形は図に見る如く、大気が立ちこめて、もやもやとこもったさまを画いた象形文字である。そこで陰とは、山の北側の湿って暗い感じのする状態、じめじめしたような、ふさがっている状態、湿気のこもった、ふさいだかげの丘(谷)などを意味するものであることを知る。




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都々逸(どどいつ)は江戸時代の末期に俗曲としてお座敷芸として、三味線を奏でながら唄われてきた。

「都々逸」は、七・七・七・五、調の二十六文字に「男女の恋愛を扱った情歌」として表現することで、いわゆる、艶歌として好まれたものである。

都々逸

馬が前向きゃ 鹿後向いて 行き先迷路 馬鹿政治
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