漢字で遊ぶ」

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漢字の都々逸「我慢」


♪ 我慢ができずに 海外逃亡 明治維新の 立役者

♪ 慢心したら 進歩は終わり 説教されたよ 父と母に

慢の字は「マン=@おこたる、なまけるAおごる、いばる、とくいになるBあなどる、ばかにするCおそいDながびく」

慢心、慢性、漫然、漫遊、自慢、我慢、怠慢、高慢、欺瞞、放漫、緩慢、
喉自慢 など

**月**日 夢の話「亡 命」 
<夢の状況>
 戦時下の日本、言論が弾圧されて国民がお上の指導よろしく鬼畜米国との戦争に総力をあげている。
 英語は勿論禁止、外国の映画や雑誌も禁止と統制された日本。
まだ小さくてよくわからないままに、「親戚のお兄ちゃんが戦死したから、戦争やめて欲しい〜〜」なんてみんなの前で話していた。
 授業に憲兵のおじさんが監視していて、僕に「君は非国民だ〜〜牢屋に入れるから来い」
僕は怖くなって逃走した〜〜
 町を抜け川を渡り山を越えて走ったが、行けども行けども安楽の終点がない、崖があり逃げられない、この崖を飛び越そうとして〜〜
目がさめた、コワイ夢であった。

<笑えない話>
 いま新聞やTVで北朝鮮の逃亡、亡命者のことが報道されている。
この夢は亡命事件が引き金になった夢なのか??
日本も70年前は戦争中で、置かれていて立場は今の北朝鮮の人々と同じようなものだった。

また、それより400年前の1641年に、徳川幕府の手で「鎖国令」が実施されている。
幕末に漁師の中浜万次郎氏は、舟が難破してアメリカに渡り帰国したが、当時の法に照らせば、難破でも死刑であったが時代の助けで死刑を免れた。
 他方、佐久間象山氏は外国船で密航しょうとして捕らえられ、政治思想と重ねられ死刑になった。

 笑えない話というのは、日本の国民は簡単に亡命できないことだった。
北朝鮮と中国は陸続きでオッチラと徒歩で亡命が可能であるが、日本は国外には海を渡らないと出国できない。
亡命はあるところまでは。内緒に秘密に行動するものであるから、亡命の手だてを考えるのも大変なことである。
そんな時代が来ないように祈るしかない。
ああ〜〜悲しや、情けない夢であった。
***************************
慢=<説文>には「惰(だれる)なり。心に従い、曼の声」と解説している。心が長く延びてたれること。俗に慢心ともいう。
 曼の古形は図に示す如くでウカンムリを目の上にかぶせたさまを示すものである。目には眉毛がつき、下に又(手)をそえて、動詞であることを示すものである。
  曼とは幔(たれまく)の原字であって、長い幕を引いてかぶせ、見えないようにすることである。草が地上を覆い隠すのか蔓であり蔓延とも書く。水がしだいに地上を覆い隠すのが漫であり、コトバの真実をかくのが謾である。
  そこで慢とは心が長く延びること、つまり慢心の慢でむしろ蔑の対転にあたるコトバで、心にとめない意、つまり「あなどる」意であり「みだりにする」意である。




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都々逸(どどいつ)は江戸時代の末期に俗曲としてお座敷芸として、三味線を奏でながら唄われてきた。

「都々逸」は、七・七・七・五、調の二十六文字に「男女の恋愛を扱った情歌」として表現することで、いわゆる、艶歌として好まれたものである。

都々逸

馬が前向きゃ 鹿後向いて 行き先迷路 馬鹿政治
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