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ちょっとおもしろい古事記の国造りの順


ちょっとおもしろい古事記国造りの順

古事記の国造りのくだりの、伊耶那岐の命(イザナギノミコト)と伊耶那美の命(イザナミノミコト)と島を作る順番は出雲をもととして、各地を統一した順位が示されているのではなかろうか?その順位とは、先ず、淡道之穂之挟別の嶋(淡路島)→伊予之二名之嶋(愛媛)→讃岐の国(香川)→粟の国(徳島)→土佐の国(高知)→筑紫の国(福岡)→豊国(長崎)肥の国(熊本)→日向(宮崎)→熊曾(熊本)→伊岐(壱岐)→津嶋(対島→)佐渡の嶋(佐渡)・・・・ を造ったのであるがこれが、この島造りの記載は、畿内統一の道順を示しているのではないかと思われる。
このように、統一国家を成立過程で出雲の存在は無視できないのである。
 


伊耶那岐の命と伊耶那美の命が国造りの聖地として、淤能碁呂嶋を定めている。
この島は淡路島や筑紫ではないかと推測されているが、私は淤能碁呂嶋は出雲の隠岐島ではないかと推測している。
根拠としては、前述のように古事記の編纂されたのは、大和朝廷が確立して政治的に安定した頃であり、この書は国家行事として編纂されたものと考えると、ここに記載された人名や地名に重要な意味を持つ。
古事記の初めは須佐之男の命であり、この命は出雲に天降っている。
大和朝廷のスタートは出雲で、その後各地を統一して畿内に大和朝廷を造ったのではないだろうか?
そういうことで、この仮説から思い浮かぶ淤能碁呂嶋は隠岐島の後島ではなかろうか?
発声的にもオノゴロシマ=オキノゴシマとなり、伝承課程でオノゴロシマがオキノゴシマに変ったのではなかろうか?

参考文献
「古事記」   西村一民 校注 新潮社



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