馬鹿話

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淤能碁呂嶋はいずこに〜古事記物語〜



古事記は712年 正五位上勲五等 太朝臣安萬呂によって編纂された。
神の国から遣わされた二神によって国造りがされるところからこの物語ははじまっている。

まず二神が創ったのは「淤能碁呂嶋」であるが、実際に淤能碁呂嶋がどこにあるのか証明できていないようだ。

各地で淤能碁呂嶋だとするのは下記の通り

*沼島 淡路南海島
*友が島の沖の島
*絵島 淡路
*十神山 島根県 安来
まだ他にあるかも知れない?

私は「淤能碁呂嶋」は隠岐の後島ではないかと推測しているので物語を進めてゆく。



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都々逸(どどいつ)は江戸時代の末期に俗曲としてお座敷芸として、三味線を奏でながら唄われてきた。

「都々逸」は、七・七・七・五、調の二十六文字に「男女の恋愛を扱った情歌」として表現することで、いわゆる、艶歌として好まれたものである。

都々逸

馬が前向きゃ 鹿後向いて 行き先迷路 馬鹿政治
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