馬鹿話

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都々逸(どどいつ)なんて〜〜

 
今頃なにが都々逸(どどいつ)なんてと笑われるかもしれない。
それほど都々逸は現代では、馴染みのない芸能であろうと思われる、江戸時代→明治→大正→昭和と時を経るに従い、愛好者が減って落ち目の芸能になつた、その点日本の芸能の中心であった、地唄・長唄・端唄・小唄・民謡・浪曲等も同じ経過をたどっているようである。
このような衰退の原因は戦後の西洋音楽の影響が大きく、演歌などもこの道をたどるのではないかと心配である。

では、なぜ都々逸の興味を持つのかというと、都々逸(どどいつ)は江戸時代の末期に俗曲としてお座敷芸として、三味線を奏でながら唄われてきた。勿論、寄席の高座でも唄われてきたが、最近は「都々逸」を唄う人が極端に少なくなったような気がする。私の父はお酒が入ると必ずといっていいほど唸っていたものであるから、その影響があるかもしれない。

「都々逸」のいい点は、七・七・七・五、調の二十六文字に「男女の恋愛を扱った情歌」として表現することである。
この形式を使って自由に歌を作ることが気安さがある。

例えば寿司ネタを題材にすれば
♪ 底意地悪い 目つきでにらむ わたしゃヒラメの 尻の下

この都々逸はどうも「ヒラメ」と「カミさん」とこんがらかって作ったようである。


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<参考>  幕末の志士 高杉晋作の都々逸

♪ 三千世界の 烏を殺し ぬしと朝寝が してみたい



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都々逸(どどいつ)は江戸時代の末期に俗曲としてお座敷芸として、三味線を奏でながら唄われてきた。

「都々逸」は、七・七・七・五、調の二十六文字に「男女の恋愛を扱った情歌」として表現することで、いわゆる、艶歌として好まれたものである。

都々逸

馬が前向きゃ 鹿後向いて 行き先迷路 馬鹿政治
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